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ラベル 50mm の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2016年1月19日火曜日

schacht munchen Travenar 50mm f2.8。


 ご無沙汰いたしました。多忙、読書、PCの不調(云々)……で、半年も地下に潜っておりました。

 その間、レンズ収集だけは止まず。このTravenar 50mm f2.8 で、ミュンヘン時代のschacht は「一応」コンプリートしました。(一応、というのは、一本だけ、マウントがExakta でないのが混ざっているためです)。

 schacht 全体を見ても、興味深いものはもうあまり残っていません。読書の方もゆっくりとですが進んでいます。

 基本的に暇だったもので、カメラにも手を出してしまいました。でも、フィルムで撮影するつもりは全くないのですが。

 というわけで、今回は、240本程度しか世に出なかったという、ミュンヘン時代のschacht の標準レンズ、Travenar 50mm f2.8 です。



 秋口だったでしょうか、毎朝の習慣で、海外のオークション・サイトを覗いていると。

 あ、あった! ミュンヘン時代の50mmです。考える間もなく、言い値で頂戴しました。しかし……。

 再度リストを見ると、同じもの(?)がまだ残っている? セラーも同じ。おやおや、変ですね……。

 結論としては、同じ人が、同じレンズを2本出品されていて、最初のものを買った直後に、また出品されたという落ちなのですが、ちょっと焦ったりもしました。もちろん、そちらも頂戴することに(単純なコレクター心理)。

 製造番号は、34058と34059。おそらく、最初期のロットなのでしょう。連番とは、秋から縁起が良い(???)。

 今回は、そのちょっと前に手に入れた、ihagee社のexa 1a (の一番初期のモデル) に、知らない人は知らないヘルベルト・ケーラー さんのビューファインダーを載せたものを小道具として使っています。バランス的には、varexあたりがよいのでしょうけれど、カメラはかわいいのが好き(!)。

*Herbert Köhler



 普通のexaからソニーのマウント・アダプターでも、無限遠は出ます。ああ、良かった。


 背景は、ちょっとぐるぐるボケ。ピントの山は、ちょっとわかりにくい感じ。


 ぐーるぐーる。開放だと、こうなります。


 幽霊は、あんまり目立たないようです。


 少々ざわつく感じもありますね。


 同上。



 あ、なかなか良い感じ。


 schacht のレンズは、高コントラストに強いようです。



 好きなレンズです。


***

 背景に入っているのは、最近買った書籍です。森薫さんの、『乙嫁語り』の最新刊。豊満よりは、細いほうが良いなあ(意味不明)。









2015年3月2日月曜日

schacht 拾遺 その一。 S-Travelon 50mm/f1.8

 などと、年末からschachtのレンズに目が向かっていたのですが、当然、ウルム時代のレンズも網に掛かってまいります。

 schachtで一番明るい(らしい)、Travelon 50mm/f1.8についてですが、私が読んでいる本には、以下のように記述されています。

P71

1957年のFoto Almanacには既に、シャハトによる、新しく優れて明るいノーマル・レンズへの言及がある。

「もうひとつの注目すべき新製品は、ベルテレが設計した6枚4群のレンズ・システムがあるが、それは焦点距離50mm、最小解放値2、135ミリカメラのためのものである。」(Foto-Almanac 1957:172)

 この記述は、後の”S-Travelon“に関連していることは明らかであるが、しかしながら、それは解放値1.8のものとして実現された。それゆえ、このシャハトのレンズは、1958年に市場に登場したと推測することができる。

□S-Travelon f1.8/50mm(6枚4群)。M42とエキザクタの二つのマウント。最小絞値22、最短撮影距離50cm、226グラム。


 Foto Almanac が言及しているとなると、このTravelon f1.8/50mmは、ベルテレの設計と考えてよいのでしょうね。

 

 私としたことが、数分前までこれがexaktaマウントとは気づかず、屋外にもって出なかったのは失点です。そのうちに、遠出しましょうね。

 ちなみに今日は、久しぶりのお休みなので、Travenar Munchen 85mm/f2.8をもって、買い物に行っておりました。




2014年11月1日土曜日

schneider-kreuznach xenar 50mm f2.8 と、auto white balance の問題。




 忙中閑ありで、イベントの最中にボーとしていたら、ふと、昔のことが思い起こされました。

 饕餮は、昔々、大抵は写場で撮影をしていましたが、その頃、エクタクロームのタングステン(tungsten=白熱電球)のフィルムが主で、会場で撮影するときも、光が白熱灯がメインでしかたら、そのままのフィルムで出かけていました。一転、外光で撮影するとき、あるいは青く塗ったレフランプでスタジオ撮影するときは、day light のフィルムを詰めて出かけていたのです。

 それで、恐らく10年くらい前に、nikon のD70を購入したとき、敬愛する故Tさんと同じタイミングで買ったのですが、二人で、子供でも撮れる高級カメラだなあ、なんて笑っていたのが思い出されます。

 しかし。そのころから、写真はカメラ任せになったようです。A.W.B.に頼り、オート・フォーカスに任せ、考えることがなくなった。でも、それでよかったでしょうか? 現代のデジカメにも、色々と工夫できる部分があるのでは?

 そう思いついて、ふと前を見ると、前日ビデオ撮影に使った、頑丈なジッツォがある。それで横を見ると、半ば干上がった池、という格好の被写体もある。この時間は、僕にはあまりやるべきことがない……。

 ということで、窓ガラス越しに、カラー・バランスの設定を変えて外を撮影してみました。上から、A.W.B.、day light、日蔭、曇り、tungstenの順です。




友よ、これがschneider blue だ(嘘)

 うーん……。目で見た感じに一番近いのは、day light でしょうか。また、青に転ぶ感じがあるのは、A.W.B.でしょうか。

 事前の予想では、昔のように、day light に設定したほうが、素直にレンズの特徴が出るのでは、と思っていたのですが、A.W.B.が、「言われている」schneider の「特徴」に近いのでは?

 しかし、ちょっと待ちたい。「レンズの言われている特徴」とは、なんだろう? schneider の場合、ときには schneider blue ともいわれる、青みがかった色合い、という論が流布しているが、本当にそうなのだろうか? 他の方々が言っているレンズの特徴を再現するために、そのレンズを購うのは、実は少々、安易な行為なのではないのか(自戒を込めつつ)?

 もちろん、慎重な方は、銀塩カメラで、フィルムの種類も変えて撮影し、それを分析することで、(銀塩時代の)レンズの特徴を言い表しているのだが。そして、デジタルでも、その傾向が読み取れたら、それがレンズの特徴と言ってもよいのであろう。

 A.W.B.は、僕にとって、一つのブラック・ボックスである。メーカー別に、色合いが異なる。先日も、某放送局の人から、「これはソニーの絵だね」と一言で言い当てられてしまった。だから、上の写真だけでは何とも言えない。

 では、今度は角度を変えて。順番は、上のシリーズと一緒です。






 う……。結果は同じか。

 純粋に文系の人間の勝手な推測ですが、デジタル・カメラのA.W.B.の場合、レンズを通った光をカメラが判断し、上の作例のように、「これはday light」、「これは tungsten」、というように大まかな区分けをせず、もっと微妙な段階で補正しているのではないか、と思う。しかも、この作例は、マルチ測光で撮影したものであり、もしかしたら部分部分で、カラー・バランスを変えているのでは? しかし、だとしたら、レンズの「雑味」は補正され、特徴が消されて然るべきなのでは?

 でも、銀塩写真でも、A.W.B.使用時と同様、あるいは(大抵は)もっと強烈にレンズの個性が出てくる、というのはなぜだろう(独白)。それは、銀塩の場合、レンズの硝材、コーティングがストレートに反映されるのであろうが、ではなぜ、A.W.B.は、銀塩の場合と似た色合いが再現されるのか。

 わからない。もしかしたら、A.W.B.には、非常に高度なアルゴリズム等が組み込まれているとか?

 そんな状態ですが、饕餮は実は頑固なので、その翌日、晴天の状態で、day light、加えてスポット測光で、近所を歩いてみました。人の言うレンズの特徴を探すよりも、実際に目で見た光景に一番近い状態を追及することにも意味がある、と思ったからです。












 ふむ。これはこれでよいのでは?

 驚いたのは、テッサ―タイプの描写力です。テッサ―系のレンズは、何本か持っていますが、使ったのは初めてです。切れが良い、かっちりした描写に、大変驚きました。

 A.W.B.の問題はともかく、いつかまた連れて歩きたいレンズです。


2014年8月16日土曜日

"Exakta Mount Alliance are Go!" pancolar 50mm f2 carl zeiss jena (circa 1959 - )


 最初に手に入れたカメラは、mamiyaのRB67でしたが、そのためか、標準レンズと言われても、あんまりピンとくるものがありません。

 次に、nikonのF3と、交換レンズ殆ど全て、というものを知人から買い受けましたが、当時、仕事ではマイクロ・ニッコール位しか使う機会はなく、残りのレンズは友人にあげたり売ったりで、今では何点も残っていません。

 という訳で、標準レンズとは縁が浅かったのですが、その後遺症もあるのでしょうか、未だに、50mm程度のレンズの使い方には何となく違和感を覚えてしまいます。


 木漏れ日。ではなくて、木の枝の真下から。これはこれできれいなのでしょうか。


 50㎜前後の標準レンズは、画角が、実際の視野より狭いのが、少し馴染めません。饕餮は、瞥見視力が異様に広いので、それもあるかもしれないのですが、少し狭窄感を覚えます。


 良く写るレンズですね。うん。普通の良いレンズです。


 定点観測でも、不安は全然ありません。


 でも、普通に良く写るだけでは、なんだか物足りないような……。


 この日は、炎天下(ご苦労様)、出張です。某美大に向かっています。これは、市内。


 おお。なんでしょう、これは。


 ふふふ。

 この作品のように、花開くと良いのですが。

 結論。このレンズは、とてもよく写ります。性能的には全く不満はありません。逆光は試していませんが、順光で撮れば良いのでは? 昔はみんな、そうでした。でも、優等生過ぎてちょっとつまらないのかなあ。でも、50年以上前のレンズで、普通に使えるって、それだけでもすごいかもしれません。