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2015年5月5日火曜日

a. schacht munchen, travenar 85mm/f,2.8 (exakta mount) ゴースト・イン・ザ・レンズ。


 
 さて、とある朝。しかも早朝。

 奥様に「今日は別荘(の予定地)に行く」と宣言されて、慌ててカメラとレンズを用意したのですが、汎用性のある標準レンズは今一つで、結局はこのミュンヘンの85㎜がお供となった次第です。実は、もう一つのexaktaの標準レンズが、無限がでなかったから。

 とは言え、85㎜はあんまり日常風景には向いておらず、とは言え、奥方をポートレイトにするのも憚られ、月並みな風景写真が主になりました。



 朝5時です。お向かいの別荘から、朝日が……。

 開放です。焦点深度が浅い、とは言え、ちょっと汚い感じがします。


 朝日。


 うー。開放で撮ったのがいけなかったのでしょうか。変な絵。というか、汚い。


 ここからは、半分程度絞り込んでいます。もちろん(?)、無限遠は出るのですけど。出ない個体もあったりして、もう困ります。


 花は、ちょっとぼんやりしていますね。ざわざわしている。


 マリア様。veni sancte spiritus。こういう絵は、なかなか見られます。


 曇天のためか、どんよりした絵が好みなようです。ですが、うーん……。


 オレンジとつつじ。まあまあすてきかな? しかし、どうも満足が……。



 拡大すると、ザワついていて、満足できません。

 それで、以下は絞り込んでみようかと思います。


う。まあまあ良い感じ……かな?




 色が、ちょっと変???




 お気に入りの花崗岩が……。


 22まで絞っています。


 半分程度に絞って。


 もう少し開放。


 これで開放です。

 絞っても、ぼけ味はあまりきれいではありませんね。


 どうやら、このレンズの中には、幽霊(ゴースト)が住んでいるようです。きれいだなあ。


2015年5月1日金曜日

Travenar 85mm, 90mmの種類。


 左から、ミュンヘンのLTMの85㎜、ミュンヘンの85㎜のexakta、カメラに嵌めてあるのは、ulmの90㎜のexaktaです。

 ミュンヘン時代のschachtの85ミリは、LTMで十分と思っていたのですが、海外のオークションを眺めていると、ミュンヘンのexakta、m42の85ミリ(しばらく手を出せませんでした)、ウルムのタイプⅠの85ミリ(ウルムかあ、と思って……)、それからタイプⅡ以降の85㎜等々があって、どうしたのでしょう。

 レンジファインダー用のレンズは、距離計との連動の必要があるため、このような長さになるのでしょうが、他のマウントに比べてあまりにも長さが違う=レンズ構成が違うことは明らかです。

 そういえば、読み飛ばした個所に、ミュンヘン時代に「レンジファインダー用のものと、一眼レフ用のレンズの製造ラインを分けた」という記述があって、「どういうことかな???」と思ってはいたのですが。また、「schachtは、85ミリのレンズを温存していた」、という個所もあり、こういうことだったのか! とは思いましたが、まだその理由は十分に分かっておりません。

 写りが違うのかな?

 明日から、少々遠出しますから、exaktaの2本は、持って出ようと思います。うーん。

 

Travegar 100mm/f3.3, exakta mount alliance are go!


 主に、ミュンヘン時代のschacht を探していたのですけれども、他にもいろいろとulm時代のレンズがレーダーに引っかかってきます。travegar と言えば三枚三群構成の、純正のトリプレットですね。トリプレットには、何度か美味しい写真を頂戴しましたので、今回もちょっとワクワクなのでした。



1962年~1963年。
 Travegar 199mm/f3.3。最少絞り値22、最短撮影距離0.9メーター、302グラム。

 シャハトの105㎜の焼付用レンズである105㎜を改変したもの。先端部を分離して、m42マウントのベローズに装着できる。と書いてあります。

 上の作例は、開放で撮影したもの。前後のボケも、自分には好ましいものに見えました。


 だれだか分からないから、大丈夫かな。


 ふむふむ。シャープで、僕の好みです。


 気味が悪い、などとは言えないですね。


 腰痛の身には、かがまなくてもお花が撮れるのはありがたい。


 この質感は……。シャハトには、シャハトらしさが確かにある、と言えるでしょう?


 路傍の小さい花。


 個人的には、コントラストが高い絵が好みです。


 そういう季節ですからね。



 最後は、say it with flowers。

 これは、とても良いレンズだと思いますヨ?


2015年3月22日日曜日

S-Travegon 35mm/f2.8 無限遠がでない……! が。



昔ご紹介したパンフレットの裏に、レンズの枚数を記録したものがありましたが、そこでは、S-Travegon 35mm/f2.8が、7枚3群として、最多の枚数を誇っておりました。



p87

1961:より明るい広角レンズ(訳注:シャハトの引退後)
 1961年の初頭から、シャハトは、既存のTravegon 35mm/f3.5 (6枚3群)に続いて、135ミリカメラ向けの、より明るい7枚のレンズからなるS-Travegon 35mm/f2.8 (7枚3群)を追加した。最小絞り22、最短撮影距離0.5メートル、194グラム。

 この、ベルテレによって計算されたトリプレット構造のレンズは、スクリューマウント、あるいはEdixa/Praktica/Pentacon/Exaktaといったバヨネットマウントで利用することができたが、加えてPraktina IIa にも供給された。Praktina用のS-Travegon は明らかに機械的に変更されていたが、なぜなら普通のM42用のこのレンズとは、絞りの回転方向が反対になっているからだ。


とあり、これもベルテレの設計とされていますが、根拠は明示されていません。

翻って、普通の(?)Travegon 35mm/f3.5を見ると、



 少し違いますね。しかし、「枚数の多いことは良いことだ」と信じる饕餮にとって、これは、見逃せないアイテムなのです。甲殻だし(へへへ)。

 ということで、海外の市場を見張ること数日、なんと、その激情のあまり、3本も入手してしまうことになります(ものすごく安いものも、ある程度の値段だったのもありました)。

 さて、試写だ! ということで、α7sに国産のexaktaのアダプタを介してレンズを嵌めてみたら……。無限遠が出ません。

 フーン、と思ってもう一つのexaktaマウントのレンズを嵌めてみたら、これも。

 さて、どうしよう。以前、山崎レンズ様に、10メートルまでしかピントが届かないangeniaux を持ち込んだとき、内部の部品を0.1ミリほど削っていただいて解決したことを記憶していて、これは、マウント・アダプタを0.1ミリくらい薄くすればよいのだな、とは思いましたが……。

 これは単純に、レンズと接するマウント面の金属プレートを外し、プラスティックのボディをやすりで研いだら、とは思うのですが、それよりは、海外製のオーバーインフ気味の製品にするほうが簡単かな、とも思いつつ。しかし、α7sの金属製の爪にははまらない、という噂もあり。

 結局、三晃精機さんのライカLM→ソニーαのアダプタに、なぜか家に転がっていて使い道のなかった極めて短いnovoflexのexakta→LMのアダプタを連結してみましたら、見事に短く(2ミリほど)なって、無限遠がでるようになりました。おめでとうございます。この写真は、家内が持って行ったカメラ撮影用のカメラが戻ってきたら、アップしようと思っています。



 しかし……、その報いとして、0.3メートルまで寄れるはずのレンズなのに、1,5メートル程度しか寄れない! 絞り込んでも無理! というのが現状ですが、それでも良ければ以下にお目にかけます。



 あいにくの曇り、芦花公園は、隠居したら住みたいような閑静な街並み。しかし、ちょっと不便かもしれません。


 錦鯉。


 この日も、曇り空。しかし……。

 個人的には、レンズは、これだけ良く写ったら、もう充分なのですが。


 やはり、快晴の日が好きなのですが。


 おお。無限遠はでますね。


 近場は、やはり不得手なようです。遠景のボケ味は? まあ、こんなものでしょう。


 良い色合いのようです。


 まあまあ?


 schacht の色合い、のような気持ちがします。

Schacht 引退す。




P75

1959/1960 シャハト、引退す。


 大変優秀なスタッフがシャハトの下で働いており、シャハトの製品の品質の高さは良く知られていた。何年にもわたり、注目に値する連帯感が生まれ、120名の従業員は「家族」として受け止められていた。シャハトの部門の上司―あるいは従業員から簡単に「光学屋」と呼ばれたのが、クリスティアン・ウルリヒ(Christian Ullrich)である。


 1959年、ハインツ・ゲルテンボス(Heintz Goertenboth)が、シャハトの製造監督として加わった。ゲッツィンゲンにあるツアイスの子会社である顕微鏡工場からウルムへと派遣され、コンスタンティン・ラウヒに充てた、ドナウの工場への専門的な変革のためのリストを携えていた。ゲルテンボスの報告によれば、シャハトはたびたび、ミュンヘンからオーヴェルエルチンゲンへと製造工程を観察するために赴いている。しかし、彼は決して、製造工程に介入したりはしなかった。しかしながらシャハトは、ウルムで行っていたのと同様、占領下でのクリスマスのような社交の場には出席していた。


 1960年の2月25日、以前のアルベルト・シャハト株式会社は、合資会社へと変更された。その年の暮れ、今や70代になっていたシャハトは、会社から引退した。彼は自分の所有分を、コンスタンティン・ラウヒに寄贈する。シャハトへの部品供給は、すべてラウヒの企業体によって行われ、シャハトという確立されたブランド名は、レンズ製造の最後まで使用された。1960年前後、特にウルリヒが導入した試験的なメソードという大きな背景により、ウルムで製造されたレンズの質はすばらしいレベルに達した。シャハトの製品は、1960年、ケルンのフォトキナ
でひとつのブースを使って展示されたのである。

※シャハトの生年が1890年2月なので、1960年初頭には70歳になっていました。

※これによって、シャハト社の製品開発が途絶えた、ということではなく、これから取り上げる予定のS-Travegon 35mm/f2.8、Travegar 100mm/f3.3、Makro-Travenar 50mm/f2.8、Travenar 35mm/f3.5、などの興味深い製品が開発、販売されています。
※このころから、日本のカメラやレンズの「襲来」が始まって、ドイツの光学産業の行く末には、ちょとした暗雲が立ち込めてきます。
※シャハトの会社が閉鎖されるころの描写を見ると、大変興味深い(日本の定説とは違う)ことや、胸の痛むような部分が頻出します。そこは、少しだけ整理してから……。



2015年3月2日月曜日

schacht munchen travenar 85mm/f2.8 (レンジファインダー用)

 今日は定休日で、昨日までの繁忙期もなんだか終わったようなので、お昼前に買い物がてらにカメラを持って駅まで歩きました。お酒と、肴を買いました。





 なんでも、開放で暴れる、という噂だったので、基本は開放で撮影してみました。


 少し、ピント前後が暴れるかな、という程度。


 許容範囲ではないでしょうか。素直な写り。


 えへへ?


 梅の季節なんですね。


 おお。


 この色合いは、好きです。


 おや、都心の高層マンションで火事だとか。


 人待ち顔の、椅子。


 花はいいね。

schacht 拾遺 その一。 S-Travelon 50mm/f1.8

 などと、年末からschachtのレンズに目が向かっていたのですが、当然、ウルム時代のレンズも網に掛かってまいります。

 schachtで一番明るい(らしい)、Travelon 50mm/f1.8についてですが、私が読んでいる本には、以下のように記述されています。

P71

1957年のFoto Almanacには既に、シャハトによる、新しく優れて明るいノーマル・レンズへの言及がある。

「もうひとつの注目すべき新製品は、ベルテレが設計した6枚4群のレンズ・システムがあるが、それは焦点距離50mm、最小解放値2、135ミリカメラのためのものである。」(Foto-Almanac 1957:172)

 この記述は、後の”S-Travelon“に関連していることは明らかであるが、しかしながら、それは解放値1.8のものとして実現された。それゆえ、このシャハトのレンズは、1958年に市場に登場したと推測することができる。

□S-Travelon f1.8/50mm(6枚4群)。M42とエキザクタの二つのマウント。最小絞値22、最短撮影距離50cm、226グラム。


 Foto Almanac が言及しているとなると、このTravelon f1.8/50mmは、ベルテレの設計と考えてよいのでしょうね。

 

 私としたことが、数分前までこれがexaktaマウントとは気づかず、屋外にもって出なかったのは失点です。そのうちに、遠出しましょうね。

 ちなみに今日は、久しぶりのお休みなので、Travenar Munchen 85mm/f2.8をもって、買い物に行っておりました。