「饕餮、饕餮はおらぬか。」
「お傍に、我が君。」
「どうじゃ、オークションで詐欺に引っかかった気分は? 空気レンズにいくら払ったのじゃ?」
「100万元ほど……ライカのレンズは、親の仇にござ候……! 否、戊辰の仇にございます。」
「ふふふ。では、もうライカは、嫌いか?」
「御意。手持ちのライカのレンズは、すべて肥溜めに叩き込みました。」
「なるほど……。良い勉強になったようじゃの。では、もうライカとは関わらぬと?」
「さようです、我が君。ライカに限らず、写真全般が嫌いになりまして。人前でカメラを構える輩は、全て斬殺したいくらいにてございます。」
「だがな、饕餮……、お主のカメラ、あるいはレンズは、どのようにして購ったのだ?」
「そ、それは……、我が君のお給金からでございます。」
「では、饕餮、お主はわしに、何か撮ったものを見せる義務があるのではないか?」
「……仰せのとおりにてございます。しかし、でも……」
「では、何か見せよ。」
「しばし、お時間を頂戴いたしたく……」
「饕餮、あまり待たせるな。わしは忙しいのじゃ。」
「はい。では、こちらにてございます。」
「なんじゃ、これは?」
「contarex の distagon 35mm f4 でございます。」
「こんたれっくす? 聞かぬ名前だのう。」
「近田氏の王、とうかがっております。近田氏は、西方の蛮族だとか……。」
「う、重いではないか! 金物とガラスが詰まっておるようじゃな!」
「御意。この重さにして揺らぎもせぬ金属製のマウント、見事なものでございます。まるで、而今あるいは木屋野濡のようでございます。」
「して、饕餮……。写真は撮ってみたのかの?」
「はあ?」
「カメラとレンズは、写真を撮るための道具であろう。」
「は? カメラとレンズは、道具ではございませぬ。写真を撮るなど、そんな邪道なことは、私にはできませぬ。日々、レンズを磨き、カメラを愛でるのが、数寄者の王道でございましょうぞ。」
「……饕餮。再度問うが、そのカメラとレンズを購う金は、誰からもらった……?」
「それは……、我が君からの給金で……。」
「であれば饕餮。何か撮って、わしに見せたらどうだ?」
「……畏まってございます。」
「近日中にでも見せに来い。今日はもう、下がって宜しい。」